エモ、音楽に救われた話

エモ、音楽に救われた話

“エモい”という感覚について説明をしようとしても未だに上手にできない。

友達との話の中で勢いで酷い事を言ってしまったあと後悔が押し寄せてきて、でも素直に謝れずどうして良いかわからなくなってしまったあの放課後のこと。

初めてできた恋人の気持ちが離れていくことに気がついていながらどうにもならなくて少しづつ終わりに向かっていくのをただ悲しんでいただけだったあの夏のこと。

恋人や好きな人ととうまくいかなくなってくると嫌な思い出と良い思い出が矢継ぎ早に頭に浮かんできて息が苦しくなってしまうあの時間のこと。

後頭部がぎゅっと掴まれて、二の腕がしびれて、みぞおちが重くなって重力がなくなったような、それでいて何倍にもなったかのようなあの感覚。

エモいという言葉は自然発生的に使うようになっていた。

高校生の頃に入り浸っていた下北沢のセレクションが大幅に偏ったレコード屋で出会った年下だけど音楽にとても詳しい少年から「やばい曲がある」と聴かせてもらったJimmy Eat WorldのSweetnessに出会った日。(カメ、元気ですか)
その後、JEWの名盤Clarityを買って初めて聴いたあの日の衝撃。
Jim Atkinsのボーカルと透明感のあるコーラスにまとわりつくキラキラとしたギターの旋律が心を鷲掴みにしてきて、何回聴いてもすぐにまた聴きたくなるからずっとCDウォークマンにいれて家でも外でも何度でも繰り返し聴き続けていた日々。

そこにはあの頃の僕らには言い表す語彙力がなくて、ジャンル名からそのままひっぱってきて「エモい」としか言い表せない感情・感覚があった。
その後どんな音楽を聴いても「エモさ」を求めるようになり、音楽以外の全てにおいて追い求めるようになってしまった”エモ”さ

Emo好きたちが「この曲めちゃくちゃエモい!」「昨日見たXXって映画めっちゃエモい」「この前こんなことがあって、すごいエモくなっちゃった」なんて言っていたあの頃。
その後数年経ったらいつの間にかネット用語・ギャル語として”エモい”がTVでも聞く言葉になったときは身内言葉だと思っていたから驚いた。
みんなあの感覚を言い表す語彙を見つけられなかったんだ。

エモさとは一種の焦燥感だ。
日本語で一番近い感情を表す言葉はなんだろう?
焦燥感を伴ったドキドキする感覚、心の琴線にガシッと触れられて脳がしびれる感覚。
そういう意味で思春期との相性が非常に良いのだろう。

若い頃は大人になれば簡単に気持ちを整理することができるようになって、あのぐちゃぐちゃした気持ちはなくなって、いろんなことを諦めてもっと楽になれるんだって思っていた。
35歳の今、相変わらずぐちゃぐちゃとした気持ちに飲み込まれて、ちょっとしたことですぐに悲しい気持ちになってしまうし、あちこちから溢れ出るいろんな感情をどうすればよいのかなんて未だにわからないから両手で一生懸命こぼれちゃわないようにいつも両手が埋まっている。
それでも何かを諦めきれなくて必死にあがくんだけど体力がないからどんどん飲み込まれていく。
だから毎晩エモい気持ちになって一人で潰れるまで酒を飲んでいる。


音楽はいつだって僕を救ってくれた。というと大げさになっちゃうかもしれないけど「今人生で一番幸せかも」と思う瞬間も「人生つらすぎてはよ死にたい」と思う瞬間もいつだって音楽はそこにあった。
ライブハウスに行って、クラブに行って、レコード屋さんに行って、友達の家に行って、自分の部屋で、電車の中で、いつだって音楽を聴いていた。

もともと根暗で頭の回転が愚鈍なせいでコミュニケーション力に乏しく人とうまく付き合うことができないし友達はすくなかった。当然恋愛なんてみんなみたいに上手にできないし集中力が致命的にないので勉強も仕事も上手にこなすことができなくてずっと悩んであがいていた人生だった。
そのくせプライドだけはそこそこ高いもんだからそんなポンコツな自分とまっすぐ向き合うことができないでいた。
常に何かに罪悪感を抱えて生きていた。

嫌なことや悲しいことはたくさんあったけどそんなときはいつだって音楽を聴きながら頭に浮かんでは消えるとめどない後悔や悩みに支配される眠れない夜を耐えていた。
「NO MUSIC NO LIFE!」だなんて全然思わないけれど、音楽がなければ、音楽を好きになっていなければまた違った人生になったんだろう。
それが良い人生だったのか、悪い人生だったのかなんて今の僕にはもうわからない。
でも、今は音楽の機材やレコードや楽曲を買うお金を稼ぐために”会社に通い、顧客や先輩後輩同僚達、人と渡りをつけながら一緒に仕事をする”という明らかに自分には一番向いてなさそうなことを毎日なんとかこなしながら生きることができている。