2020年代、クリエイティビティやアートの文脈において本当に真新しいものとは一体何なのだろうか。と最近よく考える。
昨今生成AIの急速な普及にともなって文章ひとつで高精度な絵画や音楽がポイツと書き捨てるように出力されるようになった。
かつてなら膨大な修練を必要とした「それっぽい成果物」が誰にでも作れるようになった。それをもって一部の人は「アーティストの民生化だ」「表現の民主化だ」と調子にのる。
これまでアートや表現についてその理論や歴史をまともに勉強したこともなく、ただ浅くいっちょがみしたりむしろ遠くからチラ見程度をしてきただけの人間が、浅はかな人間がすぐにそれっぽいものを出せるだけのAIを手に入れた途端に「これからは誰でも作れるんだ」などとはしゃいでいるのを目にするのは控えめに言ってもとんでもなく苦苦しい思いがする。
私は決してアンチAIではない。仕事柄AIは日常的にめちゃくちゃ使うし、そもそもAIを利用したシステムそのものを構築する側でもある。プライベートの趣味であるオーディオや音楽制作の現場でもAIを散々活用しているし、その恩恵はその辺のユーザーよりも理解しているつもりだ。