猫のネコが家族になった

猫のネコが家族になった

ある日、会社の若者から突然InstagramのDMで「どちらがよいですか?」のメッセージが添えられて2匹の生まれたての子猫の動画が送られきた。
どういった要件かよくわからないが、こちらでは往々にしてそういったよくわからないタイミングでよくわからない会話が唐突に始まるものなのでとりあえず「左の子がかわいいね」と適当に返した。
特にその日返信はなかった(これもまた、こちらではよくあることだ)

翌日会社でその子とすれ違いざまに「あのメッセージの子猫は何?」と聞いたところ前に雑談の中で僕が「猫を飼いたい」と言ったのを覚えていてくれて、ちょうど家で子猫が2匹生まれたのであげようとおもって。ということだった。
いつ受け取りますか?ということだったがすぐ数日後には1週間の東京出張が控えていたので「ちょっと準備期間を数週間くれ」と答え、急いでGoogleに”子猫 迎える 準備”と打ち込み、出てきたサイトをかたっぱしからチェックして必要そうなものをGoogle Keepにチェックリスト化して登録、通販でトイレやベッド、おもちゃなどいくつか購入、家の近所にあるペットショップを数件探して視察、餌やトイレ砂などの消耗品の入手経路を把握するなどした。

色々と猫用のトイレやベッドなどを調べてみたが、しかしなぜペット用品というのはこうもピンクやブルーのファンシーで安っぽいプラスチック製のものばかりなんだろうか。
“こんなもの絶対に部屋に置きたくない” と思う多数を避けながらいくつかの通販サイトや街のペットショップを回って少しづつ迎える準備を揃えていった。

来たばかりの頃は今よりもっと小さかった

そしてある土曜日、会社の子が友達とバイクの2ケツで我が家へ、それはもう熟年のデリバリー配達員のように現れ手際よく挨拶もそこそこに、バッグから子猫を取り出して玄関先で僕に手渡すとすぐにバイクに乗って帰っていった。
彼女は一瞬で過ぎ去っていったが、そこには確かに子猫、それももう赤ちゃんというレベルの子猫が一匹、僕の手から逃れてごちゃごちゃとしたガレージの一角に積まれた機材の影に身を隠しながら小さな身体をプルプルと震わせてぴぃぴぃと泣き続けていた。

ともかく、こうして我が家に子猫がやってきた。
折しも同居人は1ヶ月の長期出張兼ニュージーランドへ引っ越してしまう彼女とのお別れ旅行で日本へ行っていて、しばらくはこの一軒家には僕が一人のタイミングだった。

猫の名前は考えれば考えるほど凝りすぎてしゃらくさい名前になってしまいそうで、本人を呼ぶのも人に紹介するのも上手にできなくなりそうだったのでシンプルに”ネコ”と名付けた。
ここは外国だ、ネコと名付けるのもまぁオツではないか。と思ったのだ。
ちなみにベトナム語では猫をMeo(Con Mèo)という。大体名前は別の動物の名前がつけられることが多く、そもそも名前をつけられず一生”con mèo ơi!”と呼ばれる事も多い。(大きくなり太ってくるとだいたい豚という意味の”Heo”と呼ばれるようになる)

一週間後、お別れ旅行から帰ってきた同居人のヨハネスブルグ出身の彼女はその後1週間ほど最終日まで我が家でその彼氏と僕、ネコの3人と一匹で生活をすることになる

初日に「子猫の名前はなんていうの?」と聞かれ”ネコだよ、日本語でCatって意味”と返したら「オードリーヘップバーンみたいなセンスね」とケラケラ笑いながら言って「Neko~! Nice to meet you Neko~!」と猫を追いかけていた。
古い映画を殆ど見ないのでどういったエピソードからくるそういう話なのかはよくわからなかった。

すぐ目ヤニが乾いてカリッカリになってしまう

僕が生まれたとき、家には黒猫のロンという猫がいた。とても頭の良い猫で勝手口の脇に作られた猫用の玄関から自由に家を出入りしていて、僕が庭で泥遊びなんかをしているときはよく見守ってくれていた。
僕がまだ小さいときに死んでしまったが、その後すぐにもらってきた子猫は数年後に家出をして二度と帰ってくることはなかった。

それ以来猫と暮らしたことはなく、ずっと犬を飼っていたので猫の世話のしかたについてはあまり良くわからず少し不安があったものの、周りには猫を飼っている人がたくさんいていろいろなアドバイスがもらえて安心感があった。
残る不安はどうやら僕は猫アレルギーがあるっぽいし同居人も同じくだ、ということだけだった。
日本出張のときにアレグラ(抗ヒスタミン剤)を一箱買って帰ってきて、サイゴンの薬局で喘息用のシンビコートを購入した(ベトナムでは病院へ行かなくても処方箋がなくてもそのへんの薬局で買えてしまうのだ)
一緒に暮らしている中でその日の体調次第でアレルギーが出るときと出ない時がある。ということもわかった。

基本的に赤ちゃんなのですぐにくっつこうとしてくる。爪が痛い。

ともかく、そうやって始まった子猫との暮らしだった。
心配だったのは若干潔癖症の傾向がある僕にとってトイレと餌の問題だったのだが彼女はそこには問題がなくトイレは初日から猫トイレ以外でやることはないし(トイレ砂は引っ掻き回すのでトイレまわりが砂だらけになっていて掃除が大変だけど)、餌もちゃんとお皿で食べてくれてひっくり返したりちらかしたりすることもなかった。猫は基本的にきれい好きだ、というのはどうやら本当らしい。
餌や水の適切な量や回数はよくわからないしそんなもの僕にはきっちり管理できないのでペットショップで買ってきた子猫用のカリカリを常に山盛りにしてあってなくなったら継ぎ足す。という形で、自己責任で生きていってもらうことにした。気が向いたときだけウェットタイプのパウチを皿に入れると気が狂ったようにガツガツと食べる。

猫用ベッド(真ん中のテント)

先述の通り猫用ベッド(というかテント)を部屋にはおいてあるが、昼間はどうもそこにいるっぽいんだが夜寝るときは僕の体の周りを数十分間飛び回ったあとそのまま僕のベッドで寝てしまう。
なついている、というよりもまだ赤ちゃんなので誰かと一緒にいたい。誰かと一緒にいるほうが安心する。ということなんだろうと解釈している。
僕の周りを飛び回る際に爪がよく当たるので、基本的に生傷が絶えない。痛い。
時々僕が寝返りをうったときに下敷きにしてしまうこともあるが、そこは猫らしくスルリと逃げるのでまぁ自己責任で生きていってもらう。

毎朝5時になるとニャーニャーと鳴き散らかしながら猫パンチを繰り返すことで僕のことを起こしてくる。いざ起きてお皿を見ても餌は入っているし特に用事があるわけではないようなのでだいたい無視しているが執拗なので寝不足気味だ。
週末は部屋で一緒にゴロゴロしているが、ベッドに寝っ転がってiPhoneやKindleを見ていると胸の上に乗っかってきてiPhoneやKindleと顔の間に割り込んできて非常に邪魔だ。
あと、時々食い込む爪が痛い。
平日は夜帰ってくるとにゃーにゃーと何かをずっと話しかけてくる。”うにゃうにゃうにゃな〜ん”となにかを訴えながら部屋をウロウロとし、執拗に足に攻撃を仕掛けてくる。
トイレに行くとくっついてきて僕がトイレをしているところをかぶりつきで見ている。
シャワーを浴びているとガラス戸の向こうからずっと覗いている。
夜には近所で買った猫じゃらしのようなおもちゃで適当に10分くらい遊ぶが彼女は体力が余っているので一生満足せず、こちらは労働で疲弊していて彼女が満足するまで毎日付き合っていたら身体がもたないので適当に切り上げる。

まだ身体が小さくて変なとこに入り込んでしまったら見つけられなくなりそうなので小さいうちは基本的に僕の寝室で飼っていて時々キッチンで料理しているときなどはいつでも来ていいよ、と寝室のドアを開け開いておくのだけど基本的には自分から出てくることはあまりなく、部屋でにゃーにゃーと呼び出しをかけてくる。
当然そんな自己中心的な要望に答える気はないので無視をする。

まぁそんな感じでネコとの暮らしをしている。
よく「独身の30代が猫を飼ったら終わりだ」みたいな言説を目にすることがあるが
とにかく(家がめちゃくちゃにされていないか)心配なので家のことが気になってしまって早く帰りたくなるし、結構あれこれ手間もかかる、あとは部屋にいるときはずっと暴れているかくっついているかになるので恋人ができて部屋に連れ込んでも落ち着いていちゃつくこともできないだろうな。とは思う。
僕には今の所そういった気配もチャンスも見当たらないので特に困ってはいないが。

しかし、見た目や動きが見ていて可愛いし僕の姿が見えなくなるとにゃーにゃー鳴きながら探してきたりして容易に他者承認が満たされ満足感がある。

無防備な昼寝姿でお別れです